私の不眠改善方法

バイトに明け暮れていた学生時代。コンビニの店員や居酒屋の調理、呼び込みまでいろいろなことをやってきました。自分の将来をしっかり描いていたわけではなく、何となくかっこいいかな、という思いで私は広告業界に就職しました。

そこに待っていたのは、結果を求められる世界。毎日、数値を追い求めて売り上げを求められました。どうすればお客さんに喜んでもらえるのかを考える毎日。終電に乗れないことは当たり前の世界で、私は睡眠不足から徐々に不眠になっていきました。

そんな私が、どのようにして不眠を改善していったのかをお伝えしたいと思います。

会社での勤務

会社に入ってまず感じたことは、仕事のスピード感でした。私が入社した会社は、いわゆる大手の広告会社ではありません。そのため、仕事のスピードは大手の会社に比べて2倍も3倍も速いと言われています。確かにその通りでした。

会議で決まったことは、その日のうちに実行されており、どんどん前に進んでいきます。入社間もないころの私は、このスピードについていくことが出来ませんでした。そもそも会議で何が決まっているのかもよく分かっていなかったと思います。

なので、会議は終わった後には、必ず先輩のところに行き分からないところを質問しました。私と同じ時期に入社した同期の社員も最初のころは、私と同じように先輩に質問をしていましたが、いつの頃からか、会議が終わるとすぐに仕事に取りかかるほどになっていました。

私は、自分なりに努力もしていましたし、仕事も懸命にしていたつもりでした。しかし、同僚との差は少しづつ開いていくのが分かりました。先輩にも「お前遅いよ」と怒られてばかりいましたが、どうすればいいのかその時の私には分かりませんでした。

先輩の言葉に刺激され

会社のスピード感についていくことが出来ずに悩んでいたころ、私は1人の先輩社員から呼び出されました。その先輩は、私によくアドバイスをくれたり助け船を出してくれる先輩です。「今日の夜時間あるか?」と先輩は私に声をかけてくれました。私もその先輩に相談したかったことが色々あったので、2つ返事で答えました。

会社の先輩たちに付き添い夜飲みに行くことはありましたが、先輩と2人きりで飲みに行くというのは今までありませんでした。場所は、先輩が良く通っているという行きつけの居酒屋でした。

こじんまりとした店内には常連さんのような方が何人かおり、お店のオーナーと楽しそうに話している声が響き渡っていました。そのお店で、先輩は私に仕事のことについていくつか助言をしてくれました。

「お前は準備が出来ていない」ということを先輩は繰り返し私に言いました。先輩は、私や私と同じ時に入社した社員を観察していたと言いました。そして、社員間での差が出てきたことについても気づいていました。

先輩から見て、他の社員は会議などに参加するときには事前にかなりの準備をしてから出席しているが私にはそれが出来ていない、というのです。

私は、自分の今までしてきたことを振り返ってみて、確かにそうだと思いました。私は、上司や会議の中で、言われたことに対しては対応しているのですが、自発的に前もって準備したことは一度もありませんでした。

先輩との会話から、私はその後自分の働き方を変えていきました。事前準備は必ず行い、疑問点や問題点などを確認しておくということを徹底して行いました。そうしているうちに、私は先輩から怒られることも少なくなっていき、気づいたら責任ある仕事を任せられるようになっていきました。

責任ある仕事について

会社に入ってから数年が経った頃でした。そのころには、私にも部下が出来ており、入社したときには付いていくことさえ出来なかった会議を仕切るようにもなっていました。

とにかく仕事が楽しくて、顧客との商談などにも積極的に参加し関係を構築していました。いくつかのプロジェクトを同時進行しており、その責任者などもしていたのでプレッシャーはありましたが、自分の責任感というものを強く感じていたので、たとえ終電を逃したとしてもかまわず仕事をしていました。

妻との生活、仕事のプレッシャー

私は今の会社に入社したあと、妻と結婚しました。学生時代からの付き合いでお互いの性格もよく理解していました。私が、入社時に辛いときは黙って私の話を聞いてくれたりと、妻は辛いときにも私を支えてくれました。

その逆に、妻も働いているのですが、妻が大変な時に私は妻を食事に誘ったりなど、気分転換が出来るように努めました。
そのような関係なので、私が仕事で家に帰れなかった時でも妻は私にいたわりの言葉をかけてくれたり、私の健康を気遣ってくれていました。

私の食生活といえば外食ばかりでしたが、仕事が早く終わりそうな日には事前に妻に連絡をして、健康的な食事を食べに行ったりもしていました。妻は、そういったお店を見つけるのがうまく、充実した食事を楽しむことが出来ていました。

しかし、そういった生活も仕事が忙しくなるにつれて、うまくいかない事が多くなっていきました。

眠れない日が続いた

仕事が終わらないと、終電はおろか会社に泊まり込んで仕事をしていることもありました。そうなると妻と会うことも少なくなっていきます。今までは、ある程度の時間を共有していたのでお互いの状況もわかりましたが、次第に会話も少なくなっていきました。

私は、家に帰ってもすぐに寝てしまい、起きたらまた会社に行くだけという生活。妻との外食などもする時間もありませんでした。私は常に仕事のことを考えており、また常に疲れていました。そんなある日でした。終電で帰ってきたその日、私は妻がすでに寝ているベッドに横になり眠ろうとしてのですが、いっこうに眠れません。

寝よう寝ようとしても眠れず、キッチンへ行って冷蔵庫にあった缶ビールを一気飲みしてしまいました。それからしばらくして眠りに就くことはできたのですが、朝起きた時には体の疲れが全くとれておらず、体調はよくありませんでした。

「少し休んだら」という妻の言葉に私の心は揺れましたが、仕事への責任感とプレッシャーからそのまま会社に行くことにしました。このような生活を続けていた時、仕事でのミスが起きてしまいました。

自分の失敗が起きたとき

私は自分の実力を少し過信していたのかもしれません。仕事のやり方も分かってきて責任ある仕事も精力的にこなしていき、このままどんな仕事がきてもうまくこなしていけるのではないか、という気持ちがありました。

そんな時にミスは起こりました。私は、自分が起こしたミスを何とかカバーしようとその後も必死で働きました。ですが、やることなすこと全てがうまくいかない状況が続いてしまいました。「どうしてこうなんだろう」となかば自棄になりながら働いていたところもあったと思います。

「あんまり気にするなよ」と、先輩は以前のように私に言ってくれました。部署が変わったことでしばらく疎遠になっていた先輩から連絡がありました。私のことを人づてに聞いたとのことで連絡をくれたのです。

「少し疲れているのかな」。私は、周りの力も借りながらいくつかのプロジェクトを何とか終わらすと、少しの間有給をもらうことを上司に相談しました。私の上司は日々行ってきた私の仕事を評価してくれており、こころよく私の申し出に対応してくれました。

妻が私にくれたものとは

仕事にかかりっきりだったこともあって、妻との関係も以前のようなものではなくなっていました。私は妻と話をしようと思いました。妻に連絡を入れ、食事に誘いました。

そこで、私たちは今までの行き違いについてずいぶんと話しました。何件のお店に行ったか分からないくらいです。
「明日は私も会社休む」と言い、妻は私に付き合ってくれました。そして、私たちは久しぶりに大笑いしました。お酒もどれだけ飲んだのか分からないくらい飲みました。

その日は、朝まで妻と二人で飲み歩き、始発で私たちの家に帰ってきました。こんなに酔った妻を見たのは私も初めてでした。妻も私に対して言いたいことがたくさんあったのだと思います。それでも、言いたいことは言わずに私を陰から支えてくれていました。

それから、しばしの休息の後、私はまた職場に戻りました。ただ以前とは異なっていたのは、周りの人たちに対する姿勢です。私1人が頑張っているのではなく、周りの人たちの協力があるからこそ、仕事をしていける、という簡単なことを私は忘れかけていました。

先輩や上司、そして私の妻に感謝をしながら、私はこれからも頑張っていこうという気持ちを新たにしました。
その日の夜、帰宅した私に妻がプレゼントをくれました。健康に気をつけるようにと、いくつかの健康食品を妻なりにセレクトして選んでくれたとのことでした。

「つらくなる前に相談して」と言いながら、妻は青汁やビタミン剤、栄養ドリンクなどを私にくれました。「これ全部飲んだら逆にまずいんじゃないの」と私は笑いながら言いましたが、妻の気持ちはうれしく思いました。

「インターネットのサイトもいろいろ参考にしたのよ。睡眠サプリの達人とか」と妻は言いながら、睡眠サプリというものを私に見せてくれました。私が以前「眠れない」と言ったことを覚えていてくれたのです。

私は妻に感謝をしました。私にとって大切なものが何なのか、今回のことを通して学ぶことが出来のだと思います。